空手道誠真会は、群馬県下の太田市、館林市、渋川市、兵庫県芦屋市の各道場で、空手を通じて人格を形成すべく、稽古に励んでいます

更新情報・お知らせ

2008/06/15
2008 夏季昇段昇級審査会 −黒帯誕生−
2008/05/06
第14回全日本青少年大会 祝!第3位
2008/04/17
我が空手道part1 -入門-
2008/03/31
押忍
2008/03/10
2008 全日本大会
2008/01/28
ザ・ターゲット
2007/12/25
2007 冬季審査会 −黒帯誕生−
2007/10/07
カラテ指導顛末記 vol.3 井原最終章
2007/09/05
白洲次郎 part2
2007/09/04
白洲次郎 part1

空手道誠真会の目指す空手

誠真会の目指す空手は、人生にとって、また日々の生活にとって意味のある空手です。

少年部:礼節 (礼儀は周りとの関係を良くする潤滑油。謙虚さと感謝の気持ちを身に付ける。)

    忍耐力(夢や目標を達成するために必要な精神力。継続する力の養成)

    観察力(稽古は真似ることから。自分に足りないものは、周りが気付かせてくれます)

一般部:関係性の構築(手足の連動性を稽古で身に付けましょう)

    中庸の心(鍛錬により、常に精神の安定を目指しましょう)

    哲学の身体化(培ってきた思考を動作に反映させられるよう鍛錬しましょう)

空手の鍛錬により自分を知り、思考のバランスを整え、心身の調和をはかり、

気力体力が充実し、人生を心豊かに過ごせるような空手道を誠真会は目指します。

安心で安全なコースとクラス分け

空手道誠真会では、以下のコースを用意しております。

ご希望のコースを選択してください。

また、途中からのコース変更も可能ですので、気軽にお申し付けください。

◆フルコンタクトコース・・・・直接打撃を行うコースです。
◆ライトコンタクトコース・・・直接打撃ですが、手加減します。
◆ノーコンタクトコース・・・・相手の体に触れずに、寸止めするコースです。

■クラス分けは、以下の通りです。

幼年部:4歳〜6歳(未就学の男女)
少年部:7歳〜14歳(小中学生の男女)
一般部:15歳以上(高校生以上)
壮年部:35歳以上
女子部:18歳以上の女性の方

詳しくは、入会案内をご覧ください。

空手道誠真会 館長

館長 佐藤康貴

◆1975年生まれ
◆15歳で、極真会館群馬支部に入門
◆18歳で上京後、東京城南支部で稽古に励む
◆第一回群馬県交流試合 優勝
◆群馬県型競技大会 優勝
◆第16回、第17回、第18回全日本ウェイト制選手権大会出場
◆第33回全日本選手権大会出場
◆第3回全日本型競技選手権大会 4位
◆元・極真会館 弐段
◆趣味     読書 筋トレ 良質のプロテイン探し
◆好きな食べ物 ラーメン
◆嫌いな食べ物 酢豚(小学校で出た給食の酢豚に衝撃を受ける)
◆好きな俳優  ロバート・デ・ニーロ
◆好きな映画  ゴッドファーザー
◆好きなマンガ ゴルゴ13 まんが道 
◆身長177cm
◆体重70kg〜80kg

2008 夏季昇段昇級審査会 −黒帯誕生−

6月15日、夏季昇段昇級審査会が行いました。
今回は通常より若干人数が少なかったのですが、
発足4年目にして初となる一般の昇段挑戦が行われました。
挑戦者は太田I・S君。
彼の昇段挑戦までを書き記したいと思います。

I君と私の出会いは誠真会発足前、私が指導していた道場でした。
私といつも一緒に稽古していたS・Hさんの紹介で入門してきたのが
I君でした。
Sさんは整骨・整体等の仕事をしているのですがそのSさん曰く、
『自分が今まで見てきた人間の中で体が1番硬い』
とのことでした(笑)。
入門当初のI君はそんな印象を壊さない、見事な強度を保っていました。
その強度は悪魔将軍並みだと思います。
何しろ準備運動で前屈をしようと足を前に揃えると後ろに倒れてしまったり、
中段を蹴ろうとしてひっくり返ったりしたことがあったものです。
(自分の限界を超えた高さを蹴ろうとすると安定がなくなり
転倒しそうになるあれです)
あの時は未来永劫I君が上段を蹴れることはないだろうと思ったものです。
そんなI君でしたが、生来の真面目な性格もあって着実に力を付けていき、
関東錬成大会初級重量級でベスト8に入るなど、
実績も残すようになってきました。
元々野球を初め、スキーやボード、ゴルフなど実は何でも出来る
I君ですから当然と言えば当然かも知れません。
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第14回全日本青少年大会 祝!第3位

先日、全日本青少年大会に参加してきました。
今回の出場者は10名。
今大会での特筆すべき点といえば、何といっても渋川K・M君の
3位入賞でしょう!
早くからこの大会を視野に入れ、
厳しい稽古を積み重ねてきた証だと思います。
一回戦では去年の優勝者から上段で技ありを奪い勝利し、
そのままの勢いで一気に駆け上がっていきました。
個人的にはもう一つ上までいってもおかしくなかったと思いますが、
それは来年までとっておきましょう。
ただ、そうした喜びの一方、大きな反省点がよく見えた大会でも
あったと思います。
単刀直入に言えば、覇気が無かった選手が
多かったのではないでしょうか?
何のために全日本に出たのか?
記念に・思い出作りにですか?
勝負に対しては必ず勝つ!という強い気持ちを持って臨むべきですし、
本気で勝とうとして精一杯戦った結果、負けてもそれは今後につながると
思います。
ですが本気で勝つ気を持って戦った選手が
少なかったのではないでしょうか。
経験を積む場としての位置付けですが、もう少し覇気を持って
臨まなければ経験として何も残らない気がするのです。
勝敗にこだわってるわけではなく、折角の大舞台なのだから
もっともっと頑張って戦わないと勿体ない。
勿論素晴らしい戦いをした選手もいます。
去年3位の太田N・Tも今回は負けましたが、
壇上に上がった時・礼をする時の声の大きさ。
広い体育館に響き渡るのでは、というほどの大声で
礼節をしていました。
見ていて清々しかったです。
Tだって大変緊張するタイプの人間です。ですがそうして大声で入り、
果敢に最後まで攻め続けました。
館林N・Kも一回り体格の違う相手に歯を食いしばり攻撃し続けました。
緊張・体格差・経験・・・関係ありません。
本人の試合に対する思いの差だと思います。
体格差を言い訳にするなら渋川K・Mの相手なんか差があり過ぎて
勝てるわけがありません。
しかしMの負けた相手はMよりはるかに小さい選手でした。
技術も勿論ですが、気持ちが強いのでしょう。
要は根性でしょう。

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我が空手道part1 -入門-

私は高校1年の6月10日に某空手道場に入門した。
何故6月かというと、高校入学と同時に入門したかったのだが、
父の猛反対があり、説得に2ヶ月かかったためだ。
その空手は当時はケンカ空手と呼ばれ、稽古の激しさは有名だった。
実は父もそこで1級まで取得しており、
そこの稽古の厳しさを肌で感じていたため、飽きっぽいお前などが
続くわけがない、と首を縦に振らなかった。
いつもなら反対などしない父が何度言っても聞き入ってくれないので
仕方なく私は叔父の家に行き、父を説得してくれるよう頼みに行った。
叔父もそこの黒帯を取得していたので、叔父の意見も聞きたかった。
父も叔父も当時は道場に通ってなく、今の雰囲気は分からないと言いつつも
叔父は
『悪いことは言わない。やめとけ。』と言ってきた。
何で?と反論すると
『お前は細すぎる。そんな体でいったらそこらじゅう折られまくるぞ。』
とのことだった。
当時の私は身長173cm、体重60kgくらいだから確かに細い。
大体なんでそんなに入りたいんだ?、と聞いてくるので
『そんなの喧嘩に強くなるため以外に何があんの!?』
と言ったら、
『そりゃそうだ。』と
叔父も笑っていた。
今なら不謹慎な発言かもしれないが、当時空手をやりたいなどという人は
それ以外に動機はないと思う。
私も喧嘩は弱くなかったと思うが、もっと確かな技術?が欲しかった。
喧嘩に負けたら男は恥、といつも思っていた。
叔父は
『お前が本気なら協力するから。俺からも兄貴を説得してみるよ。』
と最後は言ってくれた。
その後も私はどんなに辛くても辞めないからと必死で父を説得し、
しばらくして何とか入門の許可を得ることが出来た。

6月初め。
道場が家から遠いこともあり、父に車で送ってもらい緊張の面持ちで
その道場の門を叩いた。
車中、父は
『おい、本当にどうなっても知らねえぞ。覚悟だけはしとくんだな。』
と、言ってきた。
『ヘッ、そんな脅しに掛かってたまるか』と内心思っていたが、
道場に入った瞬間、父の言葉が嘘ではなかったことに気付くこととなる・・・。

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押忍

『涙そうそう』 BEGIN

古いアルバムめぐり  ありがとうってつぶやいた
いつもいつも胸の中  励ましてくれる人よ

晴れ渡る日も雨の日も  浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても 
おもかげ探して
よみがえる日は 涙そうそう

一番星に祈る  それが私のくせになり
夕暮れに見上げる空  心いっぱいあなた探す

悲しみにも喜びにも  想うあの笑顔
あなたの場所から私が
見えたら  きっといつか
会えると信じ生きてゆく

晴れ渡る日も雨の日も  浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても
さみしくて 恋しくて 
君への想い 涙そうそう

会いたくて 会いたくて
君への想い 涙そうそう

2008 全日本大会

先日、全日本大会に参加してきました。
この大会は初参加なので、レベルや進行状況等
何も分からない状態でしたが、結果的に見れば
非常に有意義な大会だったと思います。
レベルは高いとは思っていましたが、予想以上ではありませんでした。
まぁこんなものだな、って感じでしょうか。
それよりも厄介なのは体格の差です。
うちの道場生は1回戦・2回戦でかなりの強豪と当たっていました。
小4N・Tは去年の準優勝者・幼年K・Mは結局優勝した子と
当たっていました。
にも関わらず、Tは身長で10cm、体重で10kgの差がありながら、
かなりの接戦に持ち込んでおり、今後大いに期待の出来る内容でした。
Mも惜しいところまでいっており、他の子ももう一息、という感じでした。
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ザ・ターゲット

先日、渋川稽古の帰り道に学生時代によく使った道を通って帰った。
懐かしさを感じつつ通りながらも、急に高校時代に起きたアクシデントを
思い出した。今回はその話を。

あれは高校2〜3年の時だったろうか。
私は友人の『あゆ』と二人で自転車で登下校していた。
この友人・あゆは実は渋川道場のF・A君のお父さんなのだが、
私達は毎日二人で遠い自宅を目指し、帰っていた。
そんな毎日の中で、たまに金島小学校から自宅まで続いている道を
遠回りながらも使っていたことがあった。
そして、金小を自宅方面に行ってすぐに右側に
道路沿いに広大な敷地をもった家があった。
自宅までは結構な上り坂なのでいつも自転車を押して帰っていたのだが、
私達はその家の前を通るのがちょっと嫌だった。
何故かと言うと、大きな庭の木々の間にロープを通し、そのロープに
鎖・首輪を繋げ、ロープ間を行き来できるようにつながっている
バカでかい犬がいたからだ。
私は犬好きだが、この犬にはかなりの恐怖を感じていた。
何しろ吠え方が普通ではない。
私達が前の道を通るだけでガフッガフッ凄いのだ。
鎖を引きちぎらんばかりに私達めがけて跳びついてくる。
しかも勢い余って背中から落ちるほどにだ。
鎖はガシャンガシャン言っている。
『おいおい、あの鎖切れないだろうな・・・。』
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2007 冬季審査会 −黒帯誕生−

12月16日、2007年最後となる審査会を行いました。
今回の受審者は初・中級帯が多く、上級帯はわずかとなりました。
しかし、今回の審査会には1年ぶりに昇段挑戦者が現れました。
太田道場N・Tです。
1年前のS・R同様、厳しい稽古を重ねてついにこの日を迎えました。
昇段申込書を彼に渡した時、
「Tもいよいよここまできたんだなぁ」と
感慨深くなったものです。
よく頑張ってきたなぁ・ここまでよく耐えたなぁ、と。
入門時からは想像もつかないほど逞しくなったT。
彼のここまでの道のりを追ってみたいと思います。

彼は私が以前指導していた道場で年中の時、入門してきました。
その頃、私は選手生活をしながら一般・少年と指導していたのですが、
今振り返ると自分の事で精一杯だったのか、道場生の入門時をあまり
覚えていませんでした。
しかし何故か、Tの事ははっきり覚えています。
坊主頭で入門してきたTは整列時、一緒に入門した子の真後ろに
たまたま並び、以来その並び順になったのですが、移動稽古の蹴りの時に
ニコニコしながら前の子のお尻を蹴りながら移動するのです。
何度もするので私が注意すると、プーッと頬を膨らませ顔を真っ赤にして
ちょっといじけるのです。
その内、当時私の指導補佐をしていたHさんという方が、
「おいっ、坊主!先生の言う事を聞け!」と叱るようになりました。
そう、その当時のTは年中らしくやんちゃ坊主だったのです。
Tは注意されても良い意味でへこたれないので、どちらかというと
下級帯担当だったHさんがよく面倒を見るようになり、気付くとHさんが
Tのことを、
『坊主』
と呼ぶようになり、いつしか私もTを坊主と呼ぶようになっていました。
しかし、私もHさんも叱りながらも面白い奴が入ってきた、とよく二人で
話したものです。
その後も坊主は天性の明るさで道場内を猿が駆け回るかのように
飛んで回るのでした。
元気一杯、まさにそんな感じでした。

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カラテ指導顛末記 vol.3 井原最終章

井原ファンの方(そんな人いるのかな?)、お待たせしました。
今回は井原・最後のドラマをお送りします。

その後、井原は順調に稽古を重ねていきました。
道場内では何かと話題を振りまくのですが、稽古は真面目に
来ていました。
そんなある日、いよいよ稽古内で組手をさせることにしました。
いささか緊張気味の井原。
相手は茶帯からオレンジ帯まで。
勿論色帯には力を入れさせずに組手をさせます。
一人目の相手は緑帯の大原さん(仮名)。
大原さんは非常に温厚な方で私と同い年です。
しかし、数々の大会で実績を残す強い人間です。
まぁ、大原さんなら無茶はしないだろうと思い、井原の相手に選ぶ。
組手が始まった。
井原に攻撃させ、良い所を引き出すような組手を大原さんは
していた。
何回か技を返した大原さん。軽く返してはいるのですが、力差があまりにも
違うため、技をもらう度に苦痛の表情をする井原。
結局遊ばれたような感じで井原の組手は終わった。
時間がきました。
礼をさせ引き上がる時、井原は振り向きざま、ボソリと一言言った。
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白洲次郎 part2

前回に引き続き、白洲次郎の話をしたいと思う。
私がこの白洲次郎を好きなのは、多分性格的に
共感出来る部分があるからだと思う。
将来、こういう風になりたいと思う自分の理想像に
白洲次郎はぴったりだった。

何年か前、親父と話していた時、私は白洲次郎の話をした。
すると、知らないと思っていた親父も
白洲次郎を好きだったことが分かり、
2人で酒を飲みながら白洲次郎の話を夜通ししたことがあった。
それからというもの親父と私は白洲の真似をし、ある事をしているのだが、
それは秘密ということで(笑)。

話が逸れたが、では白洲次郎の話を1つ。
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白洲次郎 part1

今回は私の大好きな人物について語ってみたいと思う。
その人物の名は白洲次郎。
私は高校生の時、白洲次郎を知って一発で好きになった。
最近、TVや雑誌で人気を集めているが遅い遅い(笑)。
でも白洲次郎が注目されるのは非常に嬉しい。
日本で一番かっこいい男と言われ、若くして英国で学び
英国紳士道を貫いた男、白洲次郎。
簡単に白洲次郎を紹介すると・・・。
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